健康ってすばらしい

子宮体がんサバイバーの随筆

至福の時間

先回、

がんサバイバーとして

今後の生き方について

書いてみた。

 

私の目標は、

「頑張らず

 平和に

 穏やかに

 すごすこと」

である。

 

私の最優先事項は、

「旦那と笑ってすごす」

である。

 

先回ちらっと書いたが、

近頃フルタイムで働く機会があった。

 

久しぶりに

たくさん稼いだ。

 

がんがん貯まっていく

貯金。

 

それに比例して

増えていく

ストレス。

 

それに反比例して

すり減っていく

精神。

 

その貯まったお金で

週末遊びに行って、

ストレス発散でもできれば

フルタイムの良さも

実感できたのかもしれない。

 

が、しかし!

 

週末元気に遊びに行く

気力が残っていないのだ。

 

翌週動くための

エネルギー充填に

専念する休日。

 

イライラが止まらない。

 

食生活も悪化。

やはり出来合いのものが増えてしまう。

 

私は

自分ががんになった原因として、

遺伝的要素もあると思うが

食生活の影響も大きいと思っている。

 

もし、

大学で一人暮らしを始めた頃から

もっと

ちゃんとした食生活だったら、

もしかしたら

遺伝的要素にも打ち勝てたのではないか。

 

そんなことを

何度も考えた。

 

術後、

旦那から

ノイローゼ気味だと心配されるほど

体にいい食べ物を調べまくった。

 

揚げ物への恐怖。

野菜が少ないことへの恐怖。

便秘への恐怖。

 

フルタイムで働き始めて

出来合いのおかずが増えると、

食事をするたびに

嫌な考えが頭をよぎった。

 

こんな食生活をしていたら

また…

 

世の中には

フルタイムで働きながら

ちゃんと体にいいものを

作って食べている人はたくさんいる。

 

ひとえに

私の修行不足。

私の技量不足。

 

そして増えていく、

ちゃんとできない

自分へのストレス。

 

私が求める家事を

してくれない

旦那へのストレス。

 

そして一番のストレスは、

二人が笑っていないこと。

 

せっかく生き残ったのに。

 

手術室の前で旦那に見送られて、

ああ、これが最後かもと思って、

手術中も思いがけない出血で

長引いて、

でもなんとか生還して。

 

その後も

お金の不安と治療の不安で

何度もケンカして。

 

そんな時期を乗り越えて

やっと前向きに

楽しめるようになったら

フルタイムのストレス。

 

なんじゃこりゃ。

本末転倒。

 

いくらお金があっても

二人が笑ってなければ意味がない。

(あくまでも私の価値観です)

 

もともと仙人を目指していた私。

 

お金にはあまり執着がない。

(くれるというなら速攻もらいます)

 

そんなわけで、

契約期間満了で

すぐさま辞めました。

 

またパートの生活へ。

 

タイトルにある

私の至福の時間。

 

それは、

テレビを見ながらのんびりご飯を食べ、

だらだらおしゃべりしながらデザートを食べる時間。

 

病気になる前には

実感できなかった幸せ。

 

それはまさに

「何でもないようなことが

 幸せだったと思う」

     by 「ロード」 The虎舞竜 

 

皆さんの至福の時間とは

一体何でしょうか。

今後の生き方

さて、子宮体がんの手術、抗がん剤治療を経て

これからどのように生きていこうか、

なんて哲学的なことを考えてみた。

 

もしかしたら、

大きな病気をして九死に一生を得たような方は、

その後の人生というのは

悔いが残らないように

自分のやりたいことに

どんどんチャレンジして

精力的にバリバリ行動するかもしれない。

 

私の身近に、

同じように婦人科系のがんになった人がいる。

 

その人は、

病気になる前からもそうだったのだが、

何事にも全力で取り組む人だった。

 

仕事にも家庭にも

全力投球。

 

そんなに頑張りすぎて

疲れないのかな、

と心配になるほどに。

 

そして今現在。

病気になった後も

それは変わらなかった。

 

病院に行きやすいように

仕事は以前よりもセーブしたが、

その代わりに

家族への愛がすごい。

 

自分の親、旦那、

娘家族、そして孫。

 

ありとあらゆる方向に

愛を注いでいる。

 

本人曰く、

「注げる時に注いでおきたい。」

のだそうだ。

 

死を覚悟したからこそのセリフ。

 

未来は見ていない。

現在、

自分にやれることに全力を注いでいる。

 

そんな彼女の旦那さんは、

「生き急ぎすぎだ。」

と呆れている。

 

さて、私は。

 

彼女とは180度違う生き方を選んだ。

 

私は、

とにかく頑張りたくないと思った。

 

私の望む生活は、

ノンストレスで、

平和で穏やか。

 

そこそこ忙しく、

そこそこのんびり。

 

そこそこお金があり、

そこそこ貧乏。

 

頑張らずとも

手に入るお金の範囲で

平和に暮らしたい。

 

子供がいない

我が家は、

フルタイムで働こうと思えば働ける。

 

以前一時的に

フルタイムで働いたことがある。

 

かれこれ20年ぶりだ。

 

そのストレスたるや、

筆舌に尽くしがたい。

 

そもそも体力的に辛いというのもあったが、

自分の望む生活とあまりに真逆すぎて

そのストレスで限界だった。

 

きっと世の中には

フルタイムで働きながら、

家事もこなし、

子育ても頑張っている人が

たくさんいることだろう。

 

私には無理だ…。

本当に頭が下がる。

 

どのように時間と体力を

やりくりしているのか。

 

私の親も

父親はフルタイムで仕事、

母親はパートと家事、

というスタイルだったので、

私の頭の中では

「結婚するならパート」

その一択だった。

 

子供いるいないに限らずだ。

 

もしかしたら

老後にお金がなくて

ひーひー

言っているかもしれない。

 

が、わからない先のことよりも、

今を幸せに生きたい。

 

180度違う生き方の

彼女と私だが、

「未来」

ではなく

「今」

を大事にしたいという点では

同じ方向で

生きているのかもしれない。

 

自分が幸せだと思えるのなら

どんな生き方でも

花まるである。

後の祭りだが、それもまたよし

私が子宮体がんの手術をした年は、

家を新築で建てた翌年だった。

 

よく、

車や家など

大きい買い物をした後は

病気やケガに注意しないといけないというが、

まさにその通り。

 

ごりごりの住宅ローンが残っていた。

 

手術をすることになった時点で

自営業を廃業。

 

抗がん剤治療中は

体調を見ながらのバイト生活。

 

がんがん減っていく貯金。

 

何度、

「家なんて建てるんじゃなかった。」

と後悔したことか。

 

だが、退院後の生活を振り返ってみると、

もはやそれも運命だったのだと思う。

 

家を建てる前の家は

借家で、

ものすご〜〜〜く

古かった。

 

まずはぼっとん便所。

もちろん和式。

 

子供の頃のばあちゃんち以来の

懐かしきぼっとん便所。

 

そして窓枠も木製。

大雨の日には

雨が当然のように入り込み、

雪の日には

家の中に雪がうっすらと積もる。

 

そして洗濯機置き場が

浴室の中。

 

脱衣所ではない。

浴室の中である。

 

下水が繋がっておらず、

洗濯機の排水時には

排水がそのまま浴室の床に流れる。

 

浴室のいろんなところにひび割れがあり、

そこから初めて見るような虫などが侵入を試みる。

 

入浴中の

巨大ムカデは

本当に勘弁してほしい。

 

まぁ、そんな感じで、

とにかく古かった。

 

居間の床は古くなって

ふかふかしていたし、

夏は暑いし

冬は寒い。

 

そんな借家だったが、

私的には満足していた。

 

なぜなら、賃料が激安だったからだ。

 

その額なんと

月1万円!

 

多少古さや汚さへの

ストレスはあったが、

お金には困らなかった。

 

子供の頃

母子家庭で貧乏だったので、

お金がないことへの恐怖の方が

古さや汚さへのストレスより

勝っていた。

 

だが、

一念発起して家を新築。

 

その一年後に病気発覚。

 

当初は自分の決断を恨んだ。

なぜ建て替えなんてしたのだと。

 

しかしいざ

退院してみると、

とても以前の借家では

耐えられないと思った。

 

まず、

お腹を切った後での

和式トイレは辛い。

 

前かがみが怖いのだ。

お腹がどゔぁああと

開きそうで。

それに長時間かがんでいられない。

 

そして寒さ。

私は12月に手術したので、

退院したのはちょうど真冬。

 

抗がん剤治療を受けるためには

風邪をひくわけにはいかない。

 

以前の借家では

家の中でも白い息が出て、

ヒーターをつければ

温度はマイナス。

 

お風呂も追い焚きがないので

ゆっくり入っていると

どんどんお湯が冷めてくる。

 

健康な時には

平気だったかもしれないが、

やはり術後の体には堪えたことだろう。

 

治療をしながらの

ローン返済はかなりきつかったが、

今のこの家だからこそ

抗がん剤治療を

乗り越えられたのかもしれない。

 

だから

「後の祭りだが、

それもまたよし」

である。

主治医の異動

私の主治医、

何でも淡々と告知をするので

このブログでは淡々先生と呼ばせてもらっているが、

淡々先生は一度病院が変わった。

 

手術から2年ほどたった、

2月のある日。

 

その頃は抗がん剤治療も終わり、

2ヶ月ごとの通院だった。

 

いつも通り診察室に入ると、

「実はお話があるんですが…」

と、淡々先生らしからぬ

ちょっと言いづらそうな感じで言い始めた。

 

がんの告知ですら、

「がんですね。」

というスーパー淡々告知だった

淡々先生が、

ちょっと言いづらそうにしているのを見て

何事かと思った。

 

すると、

「4月から別の病院に行くことになりまして、

 次の診察の時にはもうここにはいないんですよ。」

という言葉。

 

予想だにしていなかったセリフを聞き、

完全に頭が真っ白の私に向かって

続けて淡々先生。

 

「他の患者さんで、

 私と一緒に転院する方もいるんですけど、

 どうされますか。」

 

もちろん即答で

「はい。お願いします。」

と答えた。

 

こういうことがあったので、

私は

がんのような

長い期間通院の必要がある病気の主治医は

みんな淡々先生のように

きちんと異動の際は事前に言ってくれるもんだと

思っていた。

 

だが、必ずしもそうではないらしい。

 

私の母のお友達が

最近がんの手術をし、

抗がん剤治療を受けていた。

 

そしたらなんと、

抗がん剤治療中に

主治医がいきなりいなくなってしまったのだ!

 

事前に何も言うことなく、

いきなり次の診察で病院に行ったら

もういなかったのだ。

 

そんなことがあるのだろうか!

 

一体どっちが普通なのだろうか。

淡々先生が親切すぎるのだろうか。

 

私だったらショックだ。

 

私は淡々先生を信頼している。

手術から、術後から、

抗がん剤治療から、

ずっと淡々先生に診てもらっていたし

いろんなことを相談してきた。

 

それが、何も言わずに異動していたら…

やはり何度考えてもショックだ。

 

また、主治医の異動ではないが、

私の母が通っていた総合病院がなくなることになった。

 

同じ市内に

より大きな基幹病院が建つことになり、

そこに吸収?されることになった。

 

母は、

私のように定期的な通院が必要な訳では無い。

 

ただ、何か体の不調があると

いつもその総合病院に行っていたので、

いわばそこがかかりつけ医なのだ。

 

だが、その病院がなくなるので、

かかりつけ医を見つけろと言われたのだ。

 

母は、その新しくできる基幹病院に

紹介状を書いてほしいと言ったが、

もう人数が多いので無理だと言われたそうだ。

 

個人病院のかかりつけ医を見つけろとのことだ。

 

やはり基幹病院には、

重病の人が優先されるのだろう。

 

だが、信頼できるお医者さんや病院を探すのは

骨が折れるので、

できれば長いこと診てもらいたいものだ。

2年ぶりのサイズ測定

リンパの自立支援を始めてから

1年半。

 

数々あったリンパのサポートのうち、

欠かさず行っているのは今では

日中の弾性ストッキング着用のみ。

 

果たしてリンパはきちんと自立し

働けているのだろうか。

 

見た感じの太ももは、

太くなっている気がしてならない。

 

最後に自分で足のサイズを測ってから

2年。

ショックを受けるのが嫌で

サイズ測定から遠ざかっていた。

 

が、せっかくこのブログで

リンパの自立支援について

話題にしたので、

勇気を出してサイズ測定をすることにした!!!

 

(あ〜やだ〜…)

 

入院日と、2年前と、今日の測定値が

これだ〜〜〜!!!

 

 

         入院日      2年前      今日

         右  左     右  左     右  左

足の付根     52 52    55 55    50 52

 

膝上10センチ  40 41    39 40    39 39

 

膝下5センチ   31 32    32 33    31 32

 

足首まわり    19 20    19 19    20 20

 

足背       20 20    ー  ー     22 23  

 

おやおや。

意外と太くなっていない!

これは嬉しいぞ。

 

しかし油断は禁物。

計測状況が全然違う。

 

入院日は当然手術前なので、

そもそもリンパあり。

 

2年前の計測時間は、

仕事終わりの夕方5時。

 

そして今日は、

座ってブログを書いている。

 

本当は計測時間も統一するのがベストだろう。

が、

思い立ったが吉日。

 

というか

基本面倒くさがりなので、

思い立った時じゃないと計測しないのだから

仕方ないのだ。

 

なにはともあれ、

数値はさほど悪くない。

 

なのになぜ、

ぶよぶよと、

たぷたぷと、

私の太ももは以前よりも

はるかに太く見えるのだろうか。

 

これはやはりあれか。

引き締まっていないということか。

 

引き締まっていないがゆえに、

サイズ的には太くなっていないが

太く見えるのか。

 

喜んでいいのか悪いのか。

 

確かに、

入院前はジムに通ったりして

定期的に運動していたが、

今となっては

最後に運動をしたのが

いつかも思い出せないほど

運動していない。

 

最近の運動といえば、

出勤前の15分ほどの散歩。

 

それも週に1,2回。

 

これを運動と呼ぶのも

おこがましい。

 

何を隠そう、

私は隠れ肥満である。

 

体重的には肥満ではないが、

体脂肪率は肥満の域に入りつつある。

 

お腹周りは

もはやメタボだが、

幸いなことに

手首足首はまだ細い。

 

うまく服装でごまかしつつ、

隠れ肥満であることは

まだバレてはいない。

 

いや、実はバレているのかな。

 

自分でバレていないと思っているだけだろうか。

 

定期的に

運動していた頃の

あの腹筋。

 

今では

腹筋の周りを

脂肪がガッチリと守り固めている。

 

全然リンパと関係ない話になってしまったが、

筋肉があった方が

リンパもよく流れるって言うし、

そろそろちゃんと運動しないと

ダメかなぁ。

(言ってるだけ。)

リンパ自立支援プログラム

あの手この手で

手厚くお世話されているリンパ。

 

それでも毎年

地味に太くなっていく太もも。

 

果たしてこれはリンパ浮腫によるものなのか。

はたまた

ただの肥満によるものか。

 

心配になって

時折

リンパ浮腫専門のマッサージ治療院へ行って、

足のサイズ測定をしてもらったり、

実際にリンパマッサージをしてもらったりすると、

サイズは変わっていないという。

 

ひとまずは一安心。

 

そこでふとした疑問をぶつけてみる。

 

「私の姉も同じ手術をして

 足の付け根のリンパ節を取ったんですけど、

 姉は全く弾性ストッキングも履いてないし、

 全然気にしている様子もないんですけど、

 なんでなんですかね。」

 

施術をしながら答える先生。

 

「そうですね~。

 最初に甘やかしすぎたんですかね〜。」

 

ん?????

甘やかしすぎた?!

 

なおも続ける先生。

 

「手術の後に、

 すぐ弾性ストッキングとかで

 リンパを助けすぎてしまうと、

 リンパ自体の流す働きが弱まってしまうとか

 あるんですよね〜。」

 

そうなの?!

初耳なんですけど〜〜〜!!!

 

昼も夜も

弾性ストッキングでサポートしっぱなしなんですけど〜〜〜!!!

 

静脈の流れをよくする薬まで飲んで

体の中からも外からも

サポートしまくってるんですけど〜〜〜!!!

 

心配しすぎて

甘やかした結果、

リンパが怠けてしまったわけね。

 

ショック…

リンパと格闘すること

6年目の衝撃的事実。

 

リンパの自主性を

重んじればよかった…

過保護すぎたわけね…

 

反省…

 

そこから心を入れ替えて、

リンパの自立支援に励むことに。

 

まず、

静脈の流れをよくする薬。

 

主治医の、何でも淡々と告知する淡々先生から、

急に飲むのを止めると

リンパ浮腫が悪化することがある、

と言われたことがあったため、

徐々にフェイドアウェイ作戦を実行。

 

一日3回飲むことになっていたが、

回数を少しずつ減らすことに。

 

現在は夕食後の1回のみ。

 

あと、寝る時に足を少し高く上げて寝る寝方。

 

まぁ、これは簡単にできるので、

というか自力では特に何もしなくてもいいので

止めなくてもよかったのだが、

ちょっと腰痛が出始めたので

断念することに。

 

そして朝晩のリンパマッサージ。

 

朝はとっくにしなくなっていたが、

夜は

 

最後に

就寝用の弾性ストッキング、

年季の入ったエアボウェーブ。

 

これは今も履いて寝るようにしているが、

暑いようで

気づくと脱いで寝ている。

 

ということで、

リンパの自立支援を始めてから1年半。

 

今では日中の弾性ストッキング着用だけが

欠かさず行っているお手入れである。

 

その結果

リンパはちゃんと自立して働けているのか。

 

それはまた

次のお話。

就寝用のおすすめ品

ここ2話ほど、リンパ浮腫について書いてきた。

 

日頃のお手入れとして、

朝晩のリンパマッサージ、

そして日中は弾性ストッキングの着用。

夜は足を少し高くして寝る。

 

それでもまだ

悪化の恐怖が拭えず、

もう一つ取り入れているお手入れが

就寝用弾性ストッキングの着用である。

 

商品名エアボウェーブ。

税込み15,000円ほど。

 

初めて購入した時、

高いなぁと少し躊躇したが

悪化するよりはいいと思い

思い切って購入!

 

しばらくして商品が届いてみたら、

なんと片足のみ!!!

 

びっくりである!

15,000円で片足!

 

日中着用している弾性ストッキングが

同じくらいの値段だったので、

てっきり両足で15,000円だと思いこんでいた!

 

さすがにもう片方

すぐ買う気にはなれず、

むくみが気になっていた左足だけ履いて寝ることにした。

 

お値段は高いのだが、

私は結構気に入っている。

 

もこもこしているので、

冬場は暖かいし

夏場はエアコンで足先が冷える時に

ちょうどいい。

 

家族で泊まりの旅行に行く時も、

旅行カバンに忍ばせていく。

 

大分荷物の量は増えるのだが(汗)

 

今は私が購入した

エアボウェーブは売られておらず、

エアボウェーブ EV1(イーブイワン)

というものに変わったらしい。

 

お値段、

税込み20,000円。

片足。

 

お〜さらにお値段が高くなりましたかぁ。

 

まぁ、これも保険適用の手続きをすれば

お安くなるので、

っていうか保険適用してもらわないと

買えませんよ(汗、汗、汗)

 

一番最初に

両足だと思いこんで

片足分しか買えなかった私は、

その後2年ほどしてもう片方も購入。

 

むくみが気になっている左足に新しい方、

右足に古い方を着用している。

 

2回目購入した時に、

「着用していると生地が伸びてくるので、

 大体半年位で新しいのを購入されると

 いいですよ。

 保険適用の処方箋も、6ヶ月有効なので。」

と言われた。

 

6ヶ月?!

 

う〜ん…

このお値段のものを

躊躇なく半年で買えるようなおさいふがほしいものである。

 

そして今現在。

 

私の年季が入ったエアボウェーブちゃん達は、

かかとが破けてしまったところを

ピンクの刺繍糸で可愛く縫われつつ

今も現役で私のリンパを

せっせと流してくれている。

 

そんなボロボロで

効果あるんかいっ!

と言われそうだが、

ちゃんと朝には

エアボウェーブのあの独特の編み編み模様が

くっきりと

私の足に写っているので、

きっと効果はあるのだろう。

 

きっとね。

 

多分。

 

そう信じたい。

 

以上、私のリンパお手入れ。

 

1.朝晩リンパマッサージ

2.日中弾性ストッキング着用

3.就寝時足を高くして寝る

4.就寝時夜用弾性ストッキング?着用