健康ってすばらしい

子宮体がんサバイバーの随筆

最後の一葉

「最後の一葉」という物語をご存知だろうか。

 

重い病気にかかった女性が生きる気力を失い、

病室の窓から見える、壁をつたうツタの葉を数え、

「あの葉が全部落ちたら、自分も死ぬ。」と言い出す。

 

ある晩、ものすごい嵐が来て

ついに全ての葉が落ちてしまったかと思われたが

次の日の朝見てみると、一枚だけ葉が残っていた。

 

それを見て生きる気力を取り戻し元気になる、

という、ざっくりいうとそういう物語だ。

 

抗がん剤治療を何回か受けた頃、

やはり言われていた通り

髪の毛が抜けてきた。

 

ごっそりと。

 

ついにきたか。

 

よくドラマで

抗がん剤の副作用で

髪の毛が抜けるシーンを見たことがあるだろう。

まさにあれだ。

 

しかし、現実世界では

ドラマではわからないこともある。

 

実は髪の毛だけではなく、

眉毛やまつげも抜ける。

これには驚いた。

こんなに細い毛でも影響を受けるのかと。

 

日に日にさっぱりしていく顔。

日に日に意気消沈していく私。

 

ある日まじまじと鏡を見つめ、

ふと鼻の穴を覗き込んでみた。

 

そういえば鼻毛はいかに。

 

すると!

 

右の鼻の穴の中に一本、

右側から

ギューン!

と音が聞こえてくるくらい真っ直ぐに

ふっとい鼻毛が横向きに刺さっていた!

 

他の鼻毛は息絶えて、

唯一その鼻毛だけが生き残っていた。

 

なんということだ。

 

心が打ち震えた。

まさに「最後の一葉」

 

太い髪の毛も、

細いまつげも、

ことごとくなくなってしまったというのに、

まさか鼻毛だけが一本

生き残っていたとは。

しかも横向き。

しかも極太。

 

嘘のようなホントの話である。

 

嘘のようだが、

私はこの鼻毛に勇気をもらった。

この鼻毛が頑張るなら

私も頑張ろう、と。

 

髪の毛が抜けるのは

想像以上に辛いものだ。

 

服で隠せるところなら

隠し通せるが、

髪の毛は隠しようがない。

 

だが、

抗がん剤の種類によっては

髪の毛が抜けない場合もあるらしい。

同じ病室だった方が言っていた。

確かにその方は髪の毛があった。

 

羨ましい。

 

抗がん剤の治療が終わってから

5年以上経つ。

 

医療の発展が目覚ましい昨今。

この5年以上の間に

がんの治療法でも進化があったことだろう。

 

できることならば

開腹手術なしに、

そして髪の毛が抜けるという

大きな副作用なしに、

患者さんへの大きな負担なしに、

がんの治療ができるようになって

いるといいなぁと思う。

 

そして現実問題、

金銭的な負担も大きい。

 

私は有給休暇があるような

会社勤めではなかったので、

がんが発覚して入院するときに無職になった。

 

治療中は自分の体のことよりも、

金銭的な不安のほうが大きかった気がする。

なにぶん、家のローンがあるもので。

 

そんなこんなで、

人生初の大きな病気を経験し思ったことが、

 

「健康ってすばらしい!」

 

これに尽きるのであった。

そしてありがとう、鼻毛。