健康ってすばらしい

子宮体がんサバイバーの随筆

麻酔科医の通訳

なんとか無事手術から生還を果たした。

 

文字で書くとたった7文字の

「手術が終わった。」なのだが、

手術室の前で家族と別れ、ベッドで運び出されるまでの間に

到底7文字では済まないことが

起こっていた。

 

切ない家族との別れを経て手術室の扉を入っていくと、

そこには手術台はなかった。

 

長い廊下があり、両側にずらっと手術室が並んでいた。

奥の方にあるらしい私の手術室へ向かう間、

看護師さんが私にこう言った。

 

「今日の麻酔の先生なんですけど、

 ちょっと高齢で、なんて言っているのかわからないと思うので、

 私が通訳しますね。」

 

は???高齢で通訳???

 

前日に麻酔の説明に来た麻酔科の先生は

若いはきはきした方だったのだが...

 

一抹の不安を感じながら手術室に入る。

 

いた。確かにちょっと背中も曲がっていそうな先生が。

 

「ふがふがふが」

 

私に向かって何かを言った。

 

「台の上に登ってください。」

すかさず看護師さんの通訳が入る。

 

まじか!本当に何言っているかわからない!

 

「ふがふがふがふが」

「脊髄に麻酔用の針を刺すので、背中丸めてください。」

 

ここで念の為言っておくが、私は話を盛っていない。

本当に「ふがふが」としか聞こえない。

すごいよ、看護師さん。

 

いや、待て待て待て。

通訳が必要なほど高齢な先生が、

どんぴしゃで背骨と背骨の間に麻酔の針を入れられるのか???

不安しかない。

 

「ふがふが」

「もう少し丸めてください。」

 

そうねそうね。

背骨と背骨の間をもっと開けたほうが、

針入れやすいもんね。

限界まで背中を丸めた。

 

すっ

 

一瞬だった。

すごい!迷いなくすっと入った。

熟練の業。

 

「ふがふが」

「上を向いてください。」

 

安心したのも束の間。

手術室の天井を見つめながら

足の震えが止まらない。

 

なんでなんでなんで!

なんか脊髄の変なところに針を刺されたんだろうか。

通訳が必要なほど高齢な先生なんだし、

手が震えててもおかしくない!

痛くはなかったけど、こんなに足が震えるのはおかしい!

 

「すみません。なんか足が勝手に震えるんですけど...」

恐怖のあまり訪ねてみた。

 

「...(無言)」

先生〜〜〜!!!

なんか言ってくださ〜〜〜い!!!

言っても通訳なしでは理解できないけど

なんか言ってくださ〜〜〜い!!!

 

手術が終わっても足が震えていたら

絶対文句いってやる!

 

そうブツブツ頭の中で

文句を言っている間に全身麻酔が効き、

次目が覚めた時には手術は終わっていた。

 

「1、2、3!」

とよく見るドラマの光景のように

病室用のベッドに移され病室へ運ばれる間に、

その足の震えのことを思い出し

足を動かしてみた。

 

動いた!よかった〜。

 

どうやら私は、

生まれてはじめて恐怖で足が震えるという経験をしたらしい。

ごめんね、麻酔科の先生。疑って。

熟練の業をありがとう。